coffeebookの日記

好きなことを好きなように綴ってしまいます。つれづれなるまま。

コタツを愛している話。

コタツが大好きだ。実家では「冬にはコタツが当たり前」で育ってきた。そして結婚後、マンションに住んだりするようになり、フローリングというカタカナに出会い、実はコタツは必ずどこの家にもあるわけじゃないんだ…ということがわかってきた。

コタツ布団の中のぬくぬくな幸福感はそうそう他にはなかろう。座ったことのない人には、一度でいいから体験してほしいと常日頃から思っている次第だ。
 
ということで、コタツの歴史について調べてみた。
 
コタツが日本の暖房器具として現れるのは、室町時代らしい。それより前は炭を熱することで暖を取っていた。平安時代になると、熱した炭を火鉢や炭櫃という容器に入れて使うようになる。清少納言の「枕草子」で、「冬はつとめて。…」の後にも出てくる。「高校で暗記させられたよなー」と思い出す人もいるだろう。
その炭を小型化し、持ち運びできるスタイルにしたのが「行火」(あんか)という道具。また、これを「こたつ」とよぶ場合もあったようだ。
 
この「こたつ(炬燵)」に、さらに工夫が加わったのが、「安全炬燵」や「櫓(やぐら)炬燵」というものだ。安全炬燵は、四方を木の枠で囲い、就寝時にうっかり蹴ったりしても中の火種がひっくり返らないよう平衡を保つ工夫がされている。
で、この「櫓炬燵」の方が、現代のコタツの源となる。
 
櫓炬燵は室町時代、囲炉裏の上に布団をかけるための「やぐら」を置いただけのスタイルで発生した。やがて、囲炉裏を床下に作り、床と同じ高さに木枠を設け、さらに上にやぐらを据える形に進化した。これが「掘炬燵」だ。
 
こう考えてみると、現代の技術によって、やぐらの内側に電熱器を取り付けることで地面を掘らなくても済むようになったコタツは、むしろ室町時代の発生当時のスタイルに近いのだろう。
 
現代ですら、冬は寒くて辛い。昔はどれほど寒かっただろう。これらの火鉢や櫓炬燵や掘炬燵だって、当時はごく一部の裕福な家柄でもなければ用意できなかったはずだ。隙間風の入る小さな家で、ひたすら囲炉裏の暖を取りながら…
 
と思いを馳せながら、コタツでデコポンを食べている私である。現代に生まれたのは、ありがたいことだ。